コロナ禍で人に会いに行かないのは

コロナ禍で人に会いにいかないのは、もし会いにいってしまって感染を広げる結果になった後、誰に責任があることにするのかを決めるための責任のなすりつけ合いになってもめることになり、関係の破綻が起こることを回避したいからである。

人に迷惑をかけたくないという殊勝な理由があるわけではない。

もし会いに行って感染してしまった後にお互いにあなたに責任があるわけではないから相手を責めることをしないと言えるような信頼関係を築いている相手がいるのなら、恐れずに会いに行くだろう。

あるいは責任転嫁のもめごとが起こり関係の破綻につながったとしても、そういうことは生きている間誰かとの間に起こることがあるだろう、と素直に受け止めることができ、次に新たな人間関係の構築を目指して素直に前に進めるのなら、会いに行くことを厭う理由もない。

人は弱いから、起こった悪いことをそのまま受け止めることができない。誰かのせいにできそうなら誰かのせいにするだろうし、責めることができそうな相手がいるのならその相手を責めることをする。

また関係が破綻して終わらせられる相手であればよいが、そうできない相手である場合、良くない状況がもたらされることが考えられる。

感染の原因のある側がうつした側に対して罪悪感を抱きながらつきあい続けることを余儀なくされるかもしれない。そうすると対等ではない関係が続く。もし後遺症などが残ったら。一生罪悪感を感じながらその相手とつきあい続けなければならない可能性がある。それはかなりしんどいだろう。