規範意識の強い人

規範意識の強い人がいる。~(人間なら、男は、女は、など)はこうでなければならない、~するべきだ、という規範、共同体から求められている役割をきちんと果たす人間でいなければならないという意識がとても強い人。規範意識が弱い人は、共同体から無言で伝わってくる~はこうでなければならない、~するべきだ、という声が聞こえにくい。それよりも自分の基準、~である状態が自分にとってよい、~である状態だと自分が幸せだ、~である状態が自分にとって一番過ごしやすい、などの声のほうが聞こえるのでそっちに従って生きようとする。というより無意識に自分が居心地の良い状態になる行動をすでに起こしている。

規範意識の強い人は共同体から伝わってくる規範に従って生きようとする。規範に縛られて、それが自分にとって居心地の良い状態にはならないとわかっていても、無理にでも規範に従おうとする。そしてそれに苦しめられる。自分の好きに行動したいということがどうしてもできない。

規範意識が強い人と、規範意識が弱い人を比べると、どっちのほうが数が多いかというとおそらく規範意識の強い人だろう。

規範意識の弱い人は自分の好きなように生きられるかもしれない。しかし共同体からのこうすべきであるという声が聞こえにくいので、共同体内の暗黙の了解事項となっている規範に違反した行動をとる可能性がある。共同体内の規範違反の罪で共同体から追い出される可能性が高い。

人間は群れをつくって生きていくのが基本設定なので、規範意識の弱い人というのはあまり存在していない。自分の好きな行動をすることが共同体内の規範違反になることが多かったので、共同体から追い出されてしまい生きていくことができなかったという結果がもたらされることが多かった。

規範意識の強い人のほうが共同体内に残ることができるので、結果として生き残る結果がもたらされることが多かった。だから人はどっちのタイプで生まれる可能性が高いかというと規範意識の強い人だ。

しかし彼らは共同体の規範に従って生きることに強く縛られているので、生き延びることはできるかもしれないが、生きている間ずっと自分の自由な行動がしたいけどできないという苦しみを抱えながら生き続けることになる。

生存に有利になることは楽しい人生を送れることとは関係がない。ただ生存している状態だというだけだ。たくさんの苦しみを抱え苦痛に満ちた状態であり続けるとしても、生存できているというただその一点のみが目的とされるのなら、生存できている状態がある程度長く続けば成功であろう。

生存に有利になることよりも、自分らしく生きられることを優先して、たとえ短命であっても自分の好きなように生きるという生き方を選ぶ選択肢もあるだろう。ただまれにある人が実行した自分の好きな生き方がその生き方に憧れる人たちをたくさん生み、彼らによって模倣されて、新たな共同体内のモデルになることがある。そうするとそれは共同体内の規範に取り込まれて(規範のバージョンアップ)、共同体内でその生き方も認められるようになるだろう。