周囲の人たちの悪口を言い続ける人がいる理由

人間は共同体を作ってきた。今も作っている。しかし周囲を見ても特にコミュニケーション能力の高い人たちが多いという気はしない。人間関係に悩みを抱えている人もそれなりの人数観測される。人間に共同体を作る特徴があるのだったらもうちょっとコミュニケーション能力が高めの人がたくさん生じるようにしておけばよかったのに・・・という思いがある。

それと自分の周りの人間関係に不満を抱き、周囲の人間の悪口を言う人たちがいてそれが昔から気になっていた。気に入らない人ならつきあうのをやめたらいいのに・・でもやめずにずっと愚痴を言い続けて人間関係を続けている人たちが結構いる。

あれはなぜなのかな?と考えていたら思いついた。

人間にコミュニケーション能力が高めの人たちがそんなにいないにも関わらず、共同体を形成できた理由。おそらく人間にはある程度の人間関係ができた相手とつきあいをやめることが難しくなるという設定があるのでないだろうか?それなら共同体を作ることができる。人間ある程度生活していけば誰かしら人間関係が生じる相手ができる。一度どんな形であれ交流が発生した相手とは関係を切断することが難しい設定が働くのなら、お互いに交友関係が続いていくだろう。すっごく相手と険悪な状態が生じた場合は交友関係の終了が訪れるが、そうでなくちょっと嫌いだけどまだ我慢できる状態ぐらいだったら人間関係を継続する選択をするようになっていて交友関係が続いていく。

家族がよい例で人は皆偶然生まれた家族の中で育つことになるので、家族のメンバー同士で人間関係が長期的に形成される。そうするとなかなか絆を断ち切りがたくなる。単に人間関係が他の人より長期的に生じるだけの理由で。

人間関係が生じた相手同士が人間関係を継続的に続ける(続けざるを得なくなる)おかげでその結びついた人間の数で共同体がなんとなくできあがっていったのだろう。

コミュニケーションのうまい人間だけが共同体を作ることができるのではないのか?と考えたのが間違いの元だった。人間関係を切断することが難しい設定の人たちが多く存在するだけだった・・・。必然的に周囲の人間の悪口を言い続ける人たちが多く発生する(悪口を言いたくなるくらいの理由では人間関係を終了するには充分ではないのだろう)。

名づけると腐れ縁で共同体ができる理論・・・になるのだろうか。